
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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実に潔く、軽やかな脱出であった。山近和也による「アンセルム(ANCELLM)」の2026年秋冬コレクションは、設立5年で確立したハードな加工を軸とするグランジ的なスタイルから舵を切り、よりクリーンで開かれた世界観へと転換。ヴィンテージを再現するのではなく、古着特有の経年変化を純粋で平面的な視覚表現として取り入れる作風を、今季はさらに深化させた。
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ショーは、横浜市の認定歴史的建造物 BankPark YOKOHAMAで開催。馬車道を海側へ抜けると突き当たる大通りに面しており、市民に“海側”の入り口と認識されているエリアにある。銀行建築の大家 西村好時が手掛けた旧第一銀行横浜支店をリノベーションした建物で、均整を重んじる古典主義的なデザインだ。そうした立地?空間の影響もあってか、新作コレクションはいつになく整然とした佇まいで、従来の“古着っぽさ”を抑え洗練された印象に仕上がっていた。

ファーストルックは、チンストップ付きのレザーカーコートにトラウザーズを合わせたシンプルなスタイル。カラーはブラウンで揃え、レザーのエイジングもどこか抑制的だ。ほつれや穴あきといった派手なダメージ加工は控えめで、生地のテクスチャーや色ムラに自然と視線が集まる。ダスティなカラーのハーフジップスウェットとリネンシャツを重ねたルックは、フェードした色同士がにじみ合う水墨画のような侘びた雰囲気が目を引いた。




得意とするコットン生地だけでなく、ウールを中心とする獣毛生地の割合が多い点も今季の特徴と言える。梳毛のスーツ地を用いたセットアップをはじめとするテーラードスタイルが見どころだ。クラシックなメンズ生地に強い産地である尾州を訪れたことが、これらのアイテムを積極的に製作する契機になったという。いずれも細かく時間を調整した洗い加工を施したり、染色によって色ムラを加えることで、堅苦しさや緊張を感じさせないリラックスしたムードを演出した。また、ダウンジャケットやフリースブルゾンといったスポーティなアイテムもアクセントに。レッドやネオングリーン、ピュアなホワイトといった鮮やかなカラーを加えることで、重くなりがちな秋冬コレクションを軽快な雰囲気にまとめている。



「前回の初のランウェイショーを踏まえて、今回は人が着て動いた時の見え方にこだわった。生地が美しく動くようにパターンを改良している」という山近の言葉通り、モデルが歩くことで際立つドレープも印象的。加工で柔らかさを増した生地、やや早足のウォーキングも相まって、風を孕むような軽やかさだった。ホースレザーのライダースは手に取るとかなりの重さだが、丸みのあるゆったりしたシルエットゆえか、人が羽織ると不思議とその重量を感じさせない。エイジング加工を施したトレンチコートは、片袖を通さずにぶら下げることで分量のある生地が豊かに揺れる。ヴィンテージビーズを用いたコードアクセサリーを長く垂らすスタイリングも、コレクション全体の浮遊感に一役買っているだろう。


先述した視覚効果のみならず、創作のスタンスにおいても良い意味で軽さがあることも、アンセルムの魅力の一つ。古着を愛好する山近は、一見それらを模したような服を作っているが、実際にはその逆だ。某アウトドアブランド風のフィールドコートは極端なドロップショルダーでデフォルメされ、ジーンズにはヴィンテージマニアが愛するヒゲがない。どこかの古着屋で見たことがあるはずなのに、実際には歴史のどこにも見つからない空想上のヴィンテージといったところか。リアルな風合いをレプリカ的に再現するのではなく、むしろその価値の拠り所となる文脈から脱するために加工を施す。経年による外観の変化をその背景から切り離すことで、何年代にどこで製造されてどんなタグが付いているか、そういった情報による補強を必要としない、純然たる美的価値だけを追求している。
かつて桃山茶人が侘び茶を確立したように、日本文化には不完全性や平凡さに美を見出すという特質がある。これが現代ファッション史において最も発揮された例の一つがヴィンテージカルチャーの隆盛であったが、数百年前に「茶の湯」が辿った道と同様、それはいつしか権威性を帯びて教則と化した。アンセルムは、エスタブリッシュなシステムとして硬直した古着文化を解体し、価値の所在を他人の見識から着用者自身の感覚へと引き戻す。モノの由来ではなく、ただそこに現れている美しさに目を向けさせるのだ。
そうした潔さは、築きあげたブランドのキャラクターに拘泥せず、新しい表現に挑戦する姿勢にも表れている。従前のスタイルが市場に受け入れられ、成長著しいこのタイミングでそれをあっさり手放すことは、勇気が要ることだろう。一度ヒットしたテイストになかなか手を加えられず、何シーズンもマイナーチェンジを繰り返すブランドは枚挙にいとまがない。ゼロベースでその時々の感覚に素直になれる勇気こそが、今季のコレクションから感じる新しさ、未来志向の源泉なのだろう。「感じたまま」を妨げる情報や環境から自由であること。アンセルムの服が軽やかになびく理由を垣間見たショーであった。
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