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藝大デザイン科卒の写真家 遠藤文香が表現するもの

 代官山蔦屋書店の中に現れたのは、異質な存在感。東京藝術大学大学院美術学部デザイン科を今春卒業した遠藤文香の作品は、動物や植物などの大自然を写している。ペールトーンでまとめられた、どこか虚ろな目をした動物たちは、鑑賞者に何か得体の知れない違和感を覚えさせる一方で、「これは自然の中では当たり前の光景なのかもしれない」と思わせる力がある。修了制作展で展示した14枚に新作を加えて開催された自身初の個展は、SNSを中心に話題となり、その作品群は、奥山由之などを輩出したコンペティション「写真新世紀」の審査員の目にも留まった。今、勢いのある若手写真家の1人、遠藤文香は何を思うのか。

遠藤文香
 1994年、埼玉県生まれ。東京藝術大学大学院美術学部デザイン科修了。自然における人為の介入をデジタル加工で模し、アニミズム的な自然観をテーマに写真作品を制作。2021年7月に初個展「Kamuy Mosir」をKitte丸の内4Fで開催し、2021年度キヤノン写真新世紀に佳作入選した。
公式インスタグラム

佐藤麻優子

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ーまずは、オノデラユキさん選出による「2021年度?写真新世紀」佳作入選おめでとうございます。

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 ありがとうございます。実は、コンペで何か結果を残したのは初めてで。高校生の頃から知っている賞で何か結果が残せたことは、素直に嬉しいです。一方で「優秀賞ではない」という部分で、悔しい気持ちもありますね。

ー写真を撮り始めたきっかけは?

 今思えば、中学生の時におばあちゃんがデジカメを買ってくれたことかな。当時は、友達をずっと撮っていましたね。

ー遠藤さんは、東京藝術大学大学院美術学部デザイン科を修了。学部生時代はグラフィックデザインを勉強していたと聞きました。

 写真を撮ることも好きでしたが、絵を描くことも同じくらい好きだったんです。そもそも美大を受験しようと思ったのも、友達が美術予備校の講習に誘ってくれたのがきっかけ。絵を描くのは好きだけど、勉強が好きじゃない私にとっては天国のような環境だったんです(笑)。それに、東日本大震災があった年だったからか、他の受講生が全然いなくて。友達と2人っきりで何週間も絵を描くことができたんですよね。最初からあまり人と比べることなく伸び伸びと制作できたことは、私の性格を考えるととても良いことだったのかもしれません。

カムイモシリ アイヌ アイヌ民族 遠藤文香 写真家 藝大 インタビュー

遠藤文香

ー藝大には写真を学ぶことができる美術学部先端芸術表現科もあります。なぜ、美術学部デザイン科への進学を決めたのでしょうか?

 最終的な決め手は「デザイン科なら最初に決めずとも、在籍中になんでも出来るだろう」と思えたこと。それでも大学院での修了制作で写真に向き合うまでは、引け目を感じていました。

ー何に対する引け目ですか?

 「美大生ではあるけど、芸術をやっているわけではない」と自分に対して思ってしまう部分がありました。何をしているのかが、自分でもずっとわからない。「美術と呼べるようなことをやっている」という意識が持てずにいたんです。「グラフィックの方が仕事には困らないだろう」と思いながら制作をしている一方で、「もしもグラフィックが仕事になった時、細かな業務や、やりとりが必要になってくるクライアントワークは私には向いていないだろうな」と思っている自分がいる。だからといって、写真でクライアントワークをしたいわけでもないし、純粋な作品として写真を撮っているわけでもなかった。

ークライアントワークになりやすいグラフィックや写真と、美術作品としての写真の間で揺れていた、と。

 客観的に見ても、ふわふわしている状態だったと思います。様々な方法で美術や芸術に真剣に取り組んでいる人が多い中で、同じように「作品」として発表することに引け目があったのかもしれません。

カムイモシリ アイヌ アイヌ民族 遠藤文香 写真家 藝大

ー写真と向き合うきっかけは何かありましたか?

 休学をしていた時期に、グラフィックデザイナーの田中義久さんに「本を作ってあげるよ」と言われたのがきっかけだと思っています。元々、学部生の頃から田中さんがアートディレクターを務める「サイン計画」には携わっていたのですが、田中さんからの一言でTOKYO ART BOOK FAIRに本を出す側として関わるようになりました。写真を撮っては、田中さんに見せに行くを繰り返していたんですが、なかなか上手くいかなかった。

サイン計画
 TOKYO ART BOOK FAIRとして複数会場で行われる企画を、目印を用いて連動させるプロジェクト

ー上手くいかなかったとは?

 それまで一つの作品を作る意識で写真を撮ったことがなかった私は、田中さんも、撮っている私自身も納得がいくようなものが撮れずにいたんです。そこから1年間ぐらい「作品としての写真を撮る」ということに取り組んでいたと思います。

ー数年後、遠藤さんは大学院の修了制作として写真作品の展示を行いました。

 それまでの写真は「素材としての写真」という感覚が強くて「写真作品」ではないと感じていました。「本のために撮る」「ページを埋めるために撮る」という感じで、写真1枚1枚に意識が行き届かないと言いますか……。順番が逆になってしまう感覚があったんですよね。

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ー遠藤さんの展示空間は、それぞれの作品をパズルのように組み合わせることで、大きな1つの作品を作り上げているような印象を覚えました。

 たしかにそういう感覚はあります。修了制作展と、2回の個展を通して思ったことは「展示するということは、構成をすることなのだな」ということ。画面の中はもちろんですが、展示空間全体をどうやって組み立てるのかはすごく考えます。

ー「構図」という点では、グラフィックデザインの観点を写真でも活かせる気がします。

 それは修了制作展を通して初めて気がつきました。舵を切るまでに時間がとてもかかりましたが、最後に写真で修了制作を作ってよかった。

 ある日、友達が「自分が好きなこととか、やりたいことに対して失礼がないようにしなさい」と言ってくれたことがあって、その言葉がずっと心に残っています。「結局、自分が好きなものしか真剣に取り組めないなら、学生生活の最後にずっとやっていた写真と向き合おう」と思わせてくれた友達には、本当に感謝しています。

カムイモシリ アイヌ アイヌ民族 遠藤文香 写真家 藝大 インタビュー

ー写真を作品としてアウトプットするために、誰かに指導を受けたことは?

 特別、誰かに長年教わったりはしていないんですよ。でも、写真集を見るのはすごく好きでした。

ー中でも一番好きな写真集は?

 荒木経惟さんの「花曲」でしょうか。古本屋を巡っている中で出会って。初めてアート写真をみて感激したことを覚えています。なぜ感動したのかを説明することは難しいんですけど、対象にギュッと寄ってしまう所とかは、影響を受けている気がします。

カムイモシリ アイヌ アイヌ民族 遠藤文香 写真家 藝大

 画家だとサイ?トゥオンブリー(Cy Twombly)が好きです。最初の頃に撮っていた、花の写真はトゥオンブリーからの影響が大きいんじゃないかな。結局、グラフィカルなものが好きなんだな、と。上手に説明出来ないんですが、やっぱり自分が見てきたものの影響は少なからずありますよね。

ー遠藤さんの作品は、パッと見た時「絵画のようだな」と思う人も多い気がします。

 「現実離れをしている作品を作ろう」という意識はすごいあります。ストロボを用いた撮影をよくするのですが、それは実際に見える景色と一番違って見えるから。写真の面白いところは、実際に見ているものとは違うものに見えるという点。だから、画面の中では現実とは少し違う世界観になったらいいな、と。

ー遠藤さんの作品が現実離れをしているように感じる理由の一つは、写真を撮る時にどうしても現れてしまうはずの奥行きや、距離感が掴めないからだと思いました。写真を撮る時に遠近や奥行きへの意識はあるんでしょうか?

 「平面のようにノッペリと見せたい」という気持ちは無意識にあるのかもしれませんね。たしかに絵画を作っているような感覚はあって、撮った後にデジタル加工で色を調整したりしています。「現実離れ」を突き詰めていくと、レタッチやデジタル加工になるんですよね。

ー写真のデジタル加工は賛否が分かれる部分ですよね。

 写真を撮っている人は、現像するプロセスの中で大なり小なり加工をするものだと思うんですけど、「加工をしている」と言い過ぎるのも自分の中では最近違和感が出てきていて。

ーどのような違和感ですか?

 私がなぜ加工を施すのかと言うと、自然に対して、人間や、神様のような「どうしようもない大いなる力」の介入を考えているから。例えば、動物や森林を見て、人は自分とは関係のないもののように「自然物」と思うかもしれません。でも、実際にここに写っている動物は家畜だったり、ペットだったりと人間が世話をして生きているものです。大きな山も、人間が山を保とうと思って保たれているものだったりします。何が言いたいのかと言うと、全ての自然には何かが介入しているし、自然と人工物の境界線は実は曖昧なのでは、と。

ー遠藤さんの作品から感じる、被写体である動物たちはとは違う何か別の存在の予感や、違和感を覚える理由が分かった気がします。

 「加工を用いて曖昧な境界を作っていく」ということを私はやっているつもりです。でも「何かが介入しているかもしれないし、手付かずのものかも知れない」という曖昧な境界についてを「加工」と言う言葉で説明してしまうのは、何か違う気がしてしまう。曖昧さが消えてしまう、とでも言えばいいんでしょうかね。

ー個展の名前は「カムィ?モシ?(Kamuy Mosir)」。アイヌ語で「神々の住まう地」という意味があります。

 私は、手を動かしてようやく思考がどうにか追いつくタイプなので、最初からテーマがあって撮っていたわけではないんです。私が表現したかったことを表してくれる言葉はないかと撮影をしている最中に、「カムイ」という考え方を知りました。本当にたまたまなんですが、撮影しながら登った北海道の雌阿寒岳の近くには、アイヌコタン(アイヌ民族が住む集落)があったそうで、何か繋がったなぁ、と。

ーアイヌの人々は、全てのものには「カムイ(神)」が宿っており、熊などの動物に化けて人間界に遊びに来ている、という考えを持っていました。

 「道具や家、災害、岩など、世の中にある全てのものには神が宿る」ということは、頭では理解しているんですが、都市部にいるとなかなか感じることができなかった。私が実際にそれを実感することができた対象が、まずは自然だったんですよね。

 コロナ禍や、BLMなど世の中で大々的に取り上げられるニュースだけではなく、大抵の問題は「目の前の他者というものに対して、どのように向き合うのか」ということに行き着く気がします。身近な自然や動物に対して、感情や精神も含めて同じ生命だという意識を持つことも、他者への向き合い方の一つかな、と。その向き合い方を知るための他者が、私はたまたま、山や自然だった。

ー今後、取り組んでみたいことはありますか?

 少しずつ変えてはいるんですが、修了制作展を含めた3回の展示は、すべて同じ作品を発表していて、「何回同じ作品を展示するねん」というツッコミが自分自身にあります(笑)。次どこかで何かができるなら、もう少しこのシリーズを増やして、また本を作りたいですね。一方で、今までとは全く違う作品をアングラな場所で展示したいな、とも考えています。嫌というわけではないんですが、「植物や動物の写真=遠藤文香」になりたいわけじゃない。このシリーズしか受け入れられなくなるのではなく、今はまだもがいていたいです。

(聞き手:古堅明日香)

最終更新日:

■Kamuy Mosir
会場:代官山蔦屋書店2号館 1階 ギャラリースペース
会期:2021年8月20日(金)?2021年9月5日(日)

FASHIONSNAP 編集記者

古堅明日香

Asuka Furukata

神奈川県出身。日本大学芸術学部文芸学科を卒業後、広告代理店を経て、レコオーランドに入社。国内若手ブランドに注力する。アート、カルチャーを主軸にファッションとの横断を試み、ミュージシャンやクリエイター、俳優、芸人などの取材も積極的に行う。好きなお酒:キルホーマン、白札、赤星/好きな文化:渋谷系/好きな週末:プレミアリーグ、ジャパンラグビー。

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