
Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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「これまでは過去の個人的な物語から浮かび上がる社会への眼差しを起点としていましたが、今は眼前に広がる現実を直視することが必要だと気がつきました」——先シーズン、デビューから10年間向き合い続けてきた製作手法を改め、“第2章”へと足を踏み入れた「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」。「自身の内面」から「現代社会に生きる人々の在り方」へと視点を移した前回は、客観性がもたらす静けさとリアリティをまといつつも、そこには依然として個人と社会の間に生まれる「情動」や、独自の「人物像」が息づいていた。
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しかし、今回の2026年秋冬コレクションにおいて、その前提は大きく覆された。発表の場に選ばれたのは、クリエイションの背景にある情動や人間像を熱量豊かに伝えてきたランウェイではなく、今春にショップ兼ショールームとしてオープンを予定している静謐な空間だ。コンクリート打ちっぱなしの無機質な空間の床一面には、約3000本のピンクのスターチスが直立し、その花々に囲まれ浮遊するようにして、14体の白いトルソーが服をまとい佇んでいた。
観客にルックとの静かで濃密な対峙を強いるこのプレゼンテーションで吉田が試みたこと。それは、ブランドのアイデンティティでもあった「情緒的な演出」を一度手放し、「服そのもの」を見つめ直してその構造や記号性を再編集するプロセスを通じて、「ファッションの豊かさ」を現代に提示することだった。

そもそも、なぜ今ケイスケヨシダはあれほど大切にしてきた「情動」を一度脇に置き、「服そのもの」に立ち返ったのか。今季のコレクションノートで、吉田は下記のように語っている。
これまで、モードへの憧憬を原動力にシーズンを重ねてきました。しかし気がつけば服そのもの以上に、時代精神や自身の心象風景と対峙する時間が長くなっていました。いまは服そのものに向き合いたい、服を愛する者としての視点に強く重きを置くところから再出発する必要があるという自覚が、このコレクションを制作する過程で芽生えていったのです。
服を愛しているにもかかわらず、取材の場では服自体よりも「情緒」のことばかりを語ってしまう自分への違和感。検索すればすぐに「正解」に辿り着き、手軽なコンテンツが溢れる現代社会に感じる微かな退屈や窮屈さ。その中で吉田が思い起こしたのは、かつて思春期の自身が東京で体感し救われた「ファッションの豊かさや楽しさ」と、「とにかく服が好きだ」という純粋な初期衝動だった。

当時の感覚では、アメカジの古着やユーロヴィンテージ、新進気鋭のデザイナーズ、ハイファッションといった多様な服が垣根なく混在し、全てを等しく「ファッション」や「服」として捉えていたという。吉田は「さまざまなものが等しくなってスタイリングで混ざっていく感覚にこそ、東京のリアリティがあるのではないか。そこで見た多くの洋服たちとそこにあった豊かさのようなものを次世代に引き継ぐために、改めて伝えなければいけないと思った」と語る。
そこで今季の吉田は、これまでクリエイションの核としてきた心情やムード、女性像の表現から少し距離を置き、「現実の身体のための服」の追求を試みた。そこには、単なる過去の否定ではなく、情動から立ち現れるファンタジックな服を求める「モードを愛する作家としての自身」と、日常の装いに宿る豊かさに目を向ける「服を(着ること)愛する人間としての自身」という、分裂した二面性の認識と肯定があったという。
今シーズンのクリエイションの特徴は、あらゆる時代やジャンルの服をカテゴリーで分けずに“1着の服”としてフラットに捉え、それぞれの服が持つ記号性を「ケイスケヨシダ」というフィルターを通して再編集している点だ。

Image by: KEISUKEYOSHIDA

例えば、ブラックのシルクシャツとペンシルスカートというブランドらしいスタイルには、1950年代のドレスに使われていたような「ハンドルーシュ(手作業のプリーツ)」のテクニックを採用。オーセンティックなミリタリージャケットは、ドルマンスリーブで作りウエストを絞ることで、現在のブランドが理想とする知的で女性らしい佇まいに。ウールビーバー素材のチェスターコートは、背中が丸く膨らみ裾に向かってすぼまる「つづき袖」のシェイプに仕上げ、ベージュのフィールドジャケットは後ろ身頃がケープ状に広がるシルエットに。流行りのハーフジップのフリーストップスはブランド定番のシャツ型に落とし込み、ドレープが美しいバレルラインのペンシルスカートと組み合わせた。そのように、服飾史上のクラシックからコンテンポラリーな日常着までを並列し、あらゆる要素をフラットに混ぜ合わせながら「現在」に浸透させることを目指したという。

Image by: KEISUKEYOSHIDA


今回のコレクションは、ケイスケヨシダがこれまで築き上げてきたアイデンティティを自ら一度手放し、新たな強みや広がり、豊かさを獲得していくための「序章」と言えるかもしれない。正直に言えば、エモーショナルさや確固たる人物像を廃し、「服そのもの」として提示されたルックたちは、これまでブランドが放っていた個性や魅力を曖昧にし、アイデンティティが見えづらくなっている部分もある。しかし、吉田自身はその「掴みどころのなさ」すらも、今は肯定しているようだ。
自分自身が体感してきたファッションの豊かさを体現しようと思ったとき、「やばい、ワンシーズンじゃ到底無理だ」と感じました。でもそう思った瞬間に、『ああ、やっとケイスケヨシダがこの先数年かけて向き合うべき命題に出会えたな』という気持ちになったんです。今までは、半年に1回のコレクションで設定したテーマを命がけで作り切る、という覚悟でしたが、今回は「時間をかけて作ろう」と。そう思ったときに、少し肩の力が抜けました。

この言葉通り、今季の彼は、半年に一度のサイクルで完結するファッションクリエイションの在り方を改め、より長い時間軸の中でブランドの骨格を組み直そうとしている。吉田が模索する「ファッションのふくよかさ」の全貌は、まだ完全には見えてこない。しかし、あらゆるもののスピードが加速し、最短距離で「正解」が求められる今の時代において、あえて立ち止まり、一度では答えが出ない命題にじっくりと向き合いながら差し出す。その「不完全さ」や「遅さ」を恐れない態度と試みの中にこそ、今のケイスケヨシダや現代のファッションが必要としている本質的な豊かさの萌芽があるのかもしれない。
冷静に服作りに向き合うことで服を愛する純粋な好奇心を取り戻した彼が、この先数年をかけて「現実の身体」のための服を突き詰めていく。その探求が円熟の域に達し、かつて武器とした「情動」や「女性像」と再び手を取り合ったとき。その瞬間に立ち現れる「ケイスケヨシダ?第2章」の完成形は、今とは比較にならないほどの強度を持って、私たちを驚かせてくれるに違いない。

最終更新日:
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