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「LVMHプライズ2025」ファイナリスト8組が示すデザイナーの新基準

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「LVMHプライズ2025」ファイナリスト8組が示すデザイナーの新基準

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 「すでに見たものでなく、すでに繰り返されたことでなく、新しく発見すること、前に向かっていること、自由で心踊ること」

 この一文は、「コム デ ギャルソン(COMME des GAR?ONS)」が1997年春夏シーズン、顧客向けに配布したDMに記されていたコピーだ。「コム デ ギャルソン」が目指す服作りの姿勢を示す言葉でありながら、これは私たちがファッションに抱く根源的な期待をも、鮮やかに代弁している。

 いつの時代もファッションに求められるのは新しさ。まだ見たことのないものに出会う喜びこそ、この世界の醍醐味であり、ファッション界が常に新しい才能を追い求めてきた理由でもある。その意味で、ファッションプライズ「LVMH Young Fashion Designers Prize(以下、LVMHプライズ)」は、いま最も注視すべき場のひとつだ。

 2014年の創設以来、LVMHプライズは世界各地の才能を発掘し、デザイナーたちのキャリアを大きく後押ししてきた。

 直近で言えば、今年4月に就任が発表された「ジャンポール?ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)」の新クリエイティブディレクター、デュラン?ランティンク(Duran Lantink)。オランダ出身のランティンクは、2019年は同アワードのセミファイナリストに、二度目の挑戦となった2024年ではファイナリストに選出されている。

 そして今年4月3日、2025年のファイナリスト8組が発表された。デザイナーは多様なバックグラウンドを持つ面々が揃う。名門校を卒業してメゾンで経験を積んだ者から、自らファッション誌を創刊した後にブランドを設立した者まで、その経歴は様々だ。

 本稿ではファイナリスト8組すべてを紹介したうえで、今回の選考から浮かび上がる「LVMHがいま注目する若手デザイナー像」に迫っていく。(文:AFFECTUS)

アランポール:服は第二の筋肉となる

 左右対称の直線的なテーラリングと、左右非対称の流動的なドレスシルエット。それらが一体となった、優雅でいて前衛的な構成こそ、「アランポール(ALAINPAUL)」の真骨頂だ。一見してシンプル。しかし、どこか言葉にできない違和感が漂う。2025年春夏コレクションは、そんな静かな緊張感に満ちていた。

アランポール 2025年春夏コレクションの画像

アランポール 2025年春夏コレクション

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 ファーストルックは、無彩色の2色で構成されたロング&リーンな細身シルエット。だがその上半身は、腕の動きを制限する構造で、もはや「服」と呼べるかどうかも曖昧な造形だ。抑圧された身体の表情をシュールに提示しているかのようにも思える。そうかと思えば、スーツとドレスを主役にした、品格ある佇まいも見せる。

アランポール 2025年春夏コレクションの画像
アランポール 2025年春夏コレクションの画像

アランポール 2025年春夏コレクション

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 不規則性を作品に差し挟むのが、アランポールの設計思想である。たとえばダブルのジャケットはハーフスリーブ仕様で、重厚であるはずのクラシックウェアを、どこかスポーティかつ軽やかに見せる。あるいは、アシンメトリーに構築されたシースルーのイエロードレスの下に、黒いセカンドスキンのようなボディスーツをレイヤードし、エレガンスとアクティブさのコントラストを際立たせる。

 この「歪み」は、2025年秋冬コレクションでも持続した。

アランポール 2025年秋冬コレクションの画像
アランポール 2025年秋冬コレクションの画像

アランポール 2025年秋冬コレクション

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 ラペルを削ぎ落としたクルーネックのテーラードジャケットや、立体モチーフを不規則に縫い付けたニット製のブラックドレスなど、身体のラインを媒介に、服の構造そのものを撹乱していく。

 アイテムが本来持っていた文脈を、ボディラインを軸に解体し、再構築する。それが「アランポール」の手法だ。シンメトリーな服はアシンメトリーに。スポーティなアイテムは優美なシルエットへ。ベーシックな色は前衛的なフォルムに乗せて、伝統的なファッションの記号を撹拌する。

 デザイナーのアラン?ポール(Alain Paul)は、マルセイユ国立高等バレエ学校でコンテンポラリーダンスを学んだ異色の経歴の持ち主だ。その後、パリでファッションを学び、2014年から2017年までデムナ(Demna)期の「ヴェトモン(VETEMENTS)」に在籍。さらに2018年から2022年にかけては「ルイ?ヴィトン(LOUIS VUITTON)」で、ヴァージル?アブロー(Virgil Abloh)のデザインチームの一員としてキャリアを積んだ。

 異端と王道、その両方を経験してきたバックグラウンドは、コレクションにそのまま投影されている。身体を軸に構築された服づくりには、元バレエダンサーという彼の視点が宿っているようだ。実際、コレクションテーマにはバレエやパフォーマーといった身体表現の文脈が頻出し、「人間の身体性」への関心がデザインの根底に流れている。

 ファッションの伝統的価値観と美意識を、ボディメイキングで更新するアランポール。その服は、静かで、凛とし、そしてどこか闘っている。

オールイン:雑誌から生まれた服は、読むように着る

 今回のファイナリストのなかでも、ひときわ異色のキャリアを持つのが「オールイン(ALL-IN)」を手掛けるベンジャミン?バロン(Benjamin Barron)とブロール?オーガスト?ヴェストボ(Bror August Vestb?)だ。

 当初、「オールイン」はファッションブランドとして始まったわけではなかった。2015年、バロンはロサンゼルスのカリフォルニア大学で写真学科を卒業した直後、アーティスト同士の対話を目的としたインディーズマガジン「オールイン」を創刊した。

 バロンがヴェストボと出会ったのは「オールイン」のローンチパーティーでのこと。2人は数年後に共同で活動を始め、やがてマガジンは実際に服を制作?販売するコレクションへと発展していく。

 このマガジンは広告をほとんど掲載せず、ヴィンテージやアップサイクルされた衣服を使用したエディトリアルで注目された。そして2019年には、誌面上で展開されていた物語がそのまま現実の服として立ち上がるように、コレクション制作と販売が始まった。

 「オールイン」の服には、女性性のイメージが皮肉や遊び心を交えて、独自のバランスで編み込まれている。たとえばシンプルなVネックニット(ポスト4、5枚目)。肩のラインにだけ異質な力強さが宿っている。まるでアメリカンフットボールのショルダーパッドを内蔵したかのような構造だ。

 また、あるジーンズは前面が大胆に切り開かれ、その下にフローラルプリントのミニスカートがレイヤードされている(ポスト4枚目)。背後から見ると普通のデニム。だが、前に回り込んだ瞬間、そのギャップが暴かれる。ジーンズの下から覗くのは、予想を裏切るフェミニンなミニスカート。その一瞬、下着を想像させるような仕掛けすらも、「オールイン」はあえてずらしてくるのだ。

 このように「オールイン」はベーシックの概念を練り倒したデザインを発表している。とはいえ、その世界観は決してダークでもシリアスでもない。ピンクやライトブルー、フリルやフレア。ポロシャツにジーンズといった甘めのカジュアルを土台に、軽やかに「ズレ」を仕掛けてくる。さながら「とてもフェミニンな、グレン?マーティンス(Glenn Martens)」とでも言うべきか。

 ファッションには「見る」「読む」「着る」という楽しみがある。そのすべてを楽しめるのが「オールイン」というブランドだ。

フランチェスコ ムラーノ:“カジュアル”を辞書から消したデザイナー

 セレブリティが着れば注目され、注目されればブランドが育つ。そんなファッション界の王道ストーリーを美しくなぞってみせるのが、フランチェスコ?ムラーノ(Francesco Murano)だ。

 2019年にミラノのIED(Istituto Europeo di Design)を卒業後、ムラーノのミニドレスがビヨンセ(Beyoncé)のスタイリスト、ゼリナ?エイカーズ(Zerina Akers)の目に留まる。2020年のグラミー賞で、ビヨンセがその一着をまとったことで、ムラーノは一夜にして世界の視線をさらった。その勢いのまま、同年にはヴォーグ?イタリア(Vogue Italia)主催の若手支援プログラム「Who is On Next?」で優勝し、2021年には自身のブランドを立ち上げた。

 ムラーノの歩みは「未来のスター」という言葉がふさわしく、彼のデザインはギリシア彫刻のように優美。2025年秋冬コレクションでは、シックなモノトーンウェアが格調高くランウェイを歩いた。

フランチェスコ ムラーノ 2025年秋冬コレクションの画像

フランチェスコ ムラーノ 2025年秋冬コレクション

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 軸となるのは、縦に長く、細く伸びるシルエット。そして、その軸にまとわりつくように、主要なテクニックであるドレープが優雅さを引き立てる。薄く柔らかい生地と、レザーのようにハードな素材を組み合わせることで、優美さと緊張感がせめぎ合う。対比の力学を用いて、ムラーノは女性像に芯を与える。

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フランチェスコ ムラーノ 2025年秋冬コレクション

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 たとえば黒いシャツに黒いパンツというマスキュリンな定番スタイルも、ムラーノの手に掛かれば、セクシャルな装いに変貌する。彼の辞書には「カジュアル」という言葉は存在しないのかもしれない。それほどに、どのルックもエレガンスがみなぎっている。

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フランチェスコ ムラーノ 2025年秋冬コレクション

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 白と黒の2色を主軸とした配色、アシンメトリーなカット、そしてロング&リーンのシルエット。これらは、アン?ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)のようにダークでロマンティック。だが、ムラーノの女性像はよりセンシュアルで、より都会的。また、イヴ?サンローラン(Yves Saint Laurent)のスモーキングスーツと同様に中性的であり、欲望の輪郭を際立たせる。

 ムラーノは、オーバーサイズ時代に終止符を打つかのように、女性を再びドレスアップする。その手つきは、優雅でありながら、確信に満ちている。

ソウシオオツキ:ダンディズムを日本の文脈で再定義

 日本人デザイナーとして唯一ファイナリストに選出されたのが、大月壮士。1990年生まれの彼は、文化服装学院でメンズウェアを専攻し、在学中にはファッションスクール「ここのがっこう」にも通った。2015年に自身のブランド「ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)」を設立し、2016年にはLVMHプライズのセミファイナリストに。今回二度目の選出で、ついにファイナリストの座を射止めた。

 「ソウシオオツキ」と聞いてまず思い浮かぶのは、テーラリングによって表現されるダンディズムだ。ただしそれは、欧米的な人間像とは異なる、日本ならではの情緒を含んだダンディズムである。

ソウシオオツキ 2025年秋冬コレクションの画像

ソウシオオツキ 2025年秋冬コレクション

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 「ソウシオオツキ」のスーツには、洗練やモダンという言葉とは少し異なるムードが漂う。それは、昭和の時代の記憶をどこか呼び起こす空気感。幅が広いラペル、柔らかく体を包み込むシルエット、スモーキーな色合いのテキスタイル。そこには、時間と記憶をさかのぼる感覚が宿っている。

ソウシオオツキ 2025年秋冬コレクションの画像

ソウシオオツキ 2025年秋冬コレクション

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 西洋における服づくりは、身体をいかに立体的に見せるかという点に主軸が置かれてきた。しかし日本では、身体そのものではなく、人間の動きや仕草を引き立てるように布に量感を与え、動作に呼応して布の表情を変化させる発想が根づいている。「ソウシオオツキ」のスーツは、まさにその日本的な美意識を、西洋のフォーマルウェアというフォーマットに重ねることで成立している。

 この美意識は、構造だけでなく、服の佇まい全体に及ぶ。派手な色彩で主張することもなければ、わかりやすい高級感で魅せようともしない。むしろ、着る人の人生が滲み出すように、静かに深く佇む。だからこそ、「ソウシオオツキ」のジャケットやコートに袖を通した人物からは、時間を重ねた奥行きがにじみ出る。

 服とは、おそらく人間の内面を映し出す鏡でもある。そのときどきの心理状態が、どんな素材を、どんなシルエットを、どんなアイテムを身につけたいかを導き出す。では、「ソウシオオツキ」を着たくなるのは、どんなときだろう?

ソウシオオツキ 2025年秋冬コレクションの画像
ソウシオオツキ 2025年秋冬コレクションの画像

ソウシオオツキ 2025年秋冬コレクション

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 それは、自分の価値観を大切にしたいときではないか。情報がひっきりなしに押し寄せ、あらゆることが話題性で判断される現代。そんな時代に、情報に翻弄されず、自分にとって本当に大事なものは何かを問い続ける人にこそ、「ソウシオオツキ」のダンディズムは深く響く。

スティーブ オ スミス:紙に描かれた線が服になる

 紙の上に描かれた自由な筆致が、そのまま服になる。スティーブ?オ?スミス(Steve O Smith)の服は、ドローイングの延長線上にある。

 この独自の制作プロセスは、セントラル?セント?マーチンズ(Central Saint Martins)の修士課程で培われた。スミスはドローイングの線を、布地のアップリケと繊細なパターンカッティングによって、実際の服として立体化する方法を確立した。白と黒のコントラストが強調するのは服の構造というよりも、線に宿った意思。コレクション全体が、一冊のスケッチブックのように展開されていく。

 自らの名を冠した「スティーブ オ スミス(STEVE O SMITH)」のドレスは、1947年にクリスチャン?ディオール(Christian Dior)が発表した伝説のシルエット「ニュールック」を彷彿させるほどクラシカル。しかし、エレガントなドレスの上を走る力強い黒の線が、歴史の上に新しい物語を上書きしていく。スミスにとって服とは、自身の想像と創造を引き移す一枚の紙と言っても良さそうだ。

 スミスには在学中に身につけたもう一つの武器がある。それが布地のアップリケだった。布を重ねる技法は、特にメンズウェアにおいて圧倒的な効果を発揮する。「スティーブ オ スミス」のメンズラインは、ウェイメンズラインと比べてシルエットが端正で、抑制が効いている。

 だが、その抑制された形の中で、スミスのイマジネーションが布地のアップリケを通して生き生きと表現される。厳かに麗しく美しく。「スティーブ オ スミス」にとって、エレガンスこそ最も重視すべき美意識なのだ。

 ダブルのスーツに施されたアップリケは、時間のなかで腐食していくような、美しい退廃をまとう。スミスは、時間が生み出す退廃的美しさを、古典的なメンズウェアの上で蘇らせるのだった。

 彼のブランドを一言で言い表すなら「クラシック」だろう。しかし、それは過去を模倣するという意味ではない。彼のフィルターを通して再構築されるクラシックは、歴史に新たな視点を与える。伝統に縛られる必要はない。伝統を再解釈してこそ、次のファッションが生まれる。スティーブ?オ?スミスは今日も新たに輪郭線を引き直している。

トル コーカー:ラグジュアリーとは何か??ファッションという言語で問う

 「ラグジュアリーはクラフトやストーリー、文化遺産に根ざすべき。でも、それが近寄りがたいものである必要はない」

 2025年春夏コレクションについてメディアから問われた際、ナイジェリアにルーツを持ち、イギリスを拠点に活動するトル?コーカー(Tolu Coker)はそう語った。2021年に自身のブランド「トル コーカー(TOLU COKER)」を立ち上げて以来、彼女は自身の文化的ルーツを通して、ラグジュアリーの再定義を図っている。

 ラグジュアリーというと、一部の限られた人間だけ享受できる富が想像される。しかし、コーカーは贅沢や資産といった金銭的価値とは別の価値がラグジュアリーだと捉えている。そのことを物語るのが、2025年春夏コレクションだ。

 このコレクションには二つの背景がある。一つは母であるオラペジュ(Olapeju)へのオマージュ。“Olapeju”はヨルバ語で「富が集まる」という意味を持つ。そして、もう一つは、ロンドンの移民コミュニティにおけるリビングルームの重要性。コーカー自身の幼少期、そして父が残した1960年代後半~70年代前半のリビングを収めた写真アーカイヴから着想を得ている。

トル コーカー 2025年春夏コレクションの画像

トル コーカー 2025年春夏コレクション

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 コーカーは家族のルーツを遡るなかで、移民史に着目した。当時のロンドンには、肌の色や出自によって家も仕事も拒まれるような、露骨な差別が公然と存在していた。そんな困難な時代に移民たちが美しいコミュニティを築き続けたこと、そしてその中でファッションが果たした役割に、コーカーは深く心を動かされた。その感情から発想されたコレクションでは、1970年代のレトロな色調やサイケな柄が多用されていた。当時のファッションというと、カジュアルなヒッピースタイルが連想される。しかし、コーカーが発表したルックには慎み深い美しさが滲んでいた。当時の人々が逆境の中でも気高くあろうとした姿勢が、ルックに反映されているかのようだった。

トル コーカー 2025年春夏コレクションの画像

トル コーカー 2025年春夏コレクション

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 会場は、1970年代風のグラフィックや黒人女性の写真で飾られ、観客席にはミッドセンチュリーの家具が並び、「家庭の温もりあるリビング」が再現された。

 彼女にとってラグジュアリーとは、富の象徴ではなく、家族や文化、思い出に根ざした心の豊かさなのだ。1970年代を基調にした、温かみのある女性たちの装いは、現在のラグジュアリーに疑問を投げかける。こうした社会性を帯びた表現こそが、LVMHプライズがトル?コーカーを高く評価した理由ではないだろうか。静かで、けれども力強い声を、彼女はファッションという言語で語っている。

トリシェジュ:ステレオタイプを縫い直す

「ブラック?アーティスト(Black artist)としての表現の枠を広げる」

 それが、「トリシェジェ(TORISH?JU)」の創作の核にあると、LVMHプライズの公式プロフィールには書かれている。

 この言葉は、ファッション業界にいまだ残る無意識の期待やステレオタイプに対する、静かな異議申し立てとして響いてくる。陽気で力強く、民族的であるべきという「ブラックらしさ」への安易なイメージに抗いながら、トリシェジュ?ドゥミ(Torishéju Dumi)は、もっと詩的で、沈黙的で、内省的な「ブラックネス」を服に刻み込もうとしている。抑制された色彩、沈んだ空気、そして慎ましくも異質なフォルム、それらは彼女が選んだ語り方だ。

 ドゥミはナイジェリアとブラジルにルーツを持ち、カトリックの家庭で育った。19世紀のデザインや芸術に情熱を注いだ母の影響で、幼いころからファッションに触れ、やがてセントラル?セント?マーチンズのMAコースを修了。フィービー?ファイロ(Phoebe Philo)時代の「セリーヌ(CELINE)」などで経験を積みながら、宗教や伝統、スピリチュアリティを軸とする独自の表現を築いていく。

 2025年春夏コレクションのルックから感じ取れたのは、明らかな「異物感」だ。ショー終盤に赤いチェック生地が登場するが、基本的に色は黒と白を基調にしたストイックなカラーパレット。アイテム構成も、ジャケットとドレスをメインに据えてクラシックの印象が濃い。だが、その中に違和感が挟み込まれている。

 広い肩幅と短い着丈が特徴の白いテーラードジャケットに合わせたボトムは、光沢感あるピンクのブルマ型ショートパンツ。このようにスタイリングの中に異物を忍ばせている。

 さらに、服そのものにも奇妙な変化を施す。

 裾がバルーン状に膨らむ黒いミニドレスは、シルエットこそミニマルだが、スカート部分にはくしゃくしゃに折り畳まれた白い布のようなものが、透ける黒の生地の下にクッションのように詰め込まれている。他にも、黒い生地に白いモヤがかかったようなミニドレスなど、意図的にシンプルさを崩したデザインが登場する。

 ドゥミのクリエイションは、民族的なモチーフやブラックカルチャーから発想されるのではなく、ファッションの伝統、そしてドゥミ自身のパーソナルな記憶から創作される。歴史という広大な文脈の中で、個としてのアイデンティティを静かに刻む姿は、まさにアーティストそのものだ。

ゾマー:予定調和のファッションから脱線せよ

 ファッションショーのラストに、拍手に包まれてデザイナーが登場。そうかと思いきや、現れた人物はデザイナーとそっくりの別人。まるで本人の影武者のような存在が、堂々と観客の前に立つ。しかもこれは毎シーズン恒例の演出だというから脱帽だ。この仕掛けの主は、オランダ?アムステルダムを拠点に活動するブランド「ゾマー(Zomer)」。

 デザイナー ダニエル?アイトゥガノフ(Danial Aitouganov)は、「アレキサンダー?ワン(Alexander Wang)」「クロエ(Chloé)」「バーバリー(Burberry)」「ルイ?ヴィトン(Louis Vuitton)」と名だたるブランドで経験を積んだのち、2023年、スタイリストであり親友のイムル?アシャ(Imruh Asha)とともに「ゾマー」を設立。設立からわずか2年で、パリ?ファッションウィークの公式スケジュールに名を連ねるまでに成長した。そのスピード感は、いまのファッション界においても異例だ。

 ゾマーの真骨頂は、鮮やかな色彩と、装飾性と実用性がせめぎ合うフォルムのミックスにある。テーラードジャケットやジーンズなど、いわば「日常の服」に、奇抜でドラマティックなアレンジを施す。その結果生まれるズレや違和感が、このブランドのアイデンティティだ。整合性ではなく、ノイズ。それがゾマーの魅力である。

ゾマー 2025年秋冬コレクションの画像

ゾマー 2025年秋冬コレクション

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 2025年秋冬コレクションは、服の前後を逆にするアイデアを披露。この発想自体は特別珍しいものではないが、反転したアイテムにさらなる色彩と造形の遊びを加えていく。結果として、既存のアイデアがまったく別の視点へと変容する。

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ゾマー 2025年秋冬コレクション

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 ゾマーのもう一つの魅力は、アイデンティティが固定されない点にある。アイトゥガノフはロシア?タタールスタン共和国に生まれ、オランダで育った。彼が経験してきたブランドも、ニューヨーク、パリ、ロンドンと国は異なり、歴史もスタイルも様々。

 そして一緒にブランドを立ち上げ、コレクション制作に臨むアシャは、スタイリストとして活躍し、カルチャー誌「DAZED」でファッションディレクターを務めた経験を持つ。2人の出自や経験値は、伝統的なファッションデザイナーの枠組みに収まらない。そうした不均質な背景が、ゾマーのコレクションに複数のレイヤーを与えている。

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 例えば前衛的なドレスに、あえてカジュアルなスニーカーを合わせる捻れが生まれるのだ。スタイルはひとつではない。アイデンティティはひとつではない。ゾマーはそんな不確かさを肯定し、現実と空想のあいだを軽やかに行き来してみせる。

 舞台の上でマジシャンが手品を披露するように、観客の目の前に不意に現れる、驚きのルック。アイトゥガノフとアシャの二人は、ファッションが持つ夢と可能性を、色と構造で鮮やかに塗り替えていく。それは既存のコードからの脱線であり、ファッションの予定調和への反抗でもある。ゾマーは今日もズレのなかで、美しく狂っている。

LVMHが求める「次の才能」の条件とは?

 トレンドには、大きく2つのタイプがある。人々の間から自然に発生するものと、ブランドやデザイナーが意図的に仕掛けるもの。今回のLVMHプライズに選ばれたファイナリスト8組のプロフィールをたどっていくと、LVMHが未来に託したい才能の共通項が浮かび上がってくる。

 今回選ばれたデザイナーたちには、「物語」がある。たとえばアラン?ポールはバレエの経験を背景に、身体性を主題にしたコレクションを構築し、トル?コーカーはナイジェリアとイギリスにルーツを持ち、家族の歴史と社会運動から着想を得て、移民の物語を伝統技法で語ろうとする。

 2人に限らず、ファイナリストたちは自身の人生から得た技術や知識、そして視点を軸に、固有のファッションをつくり出している。共通するのは、自分だけが語れるストーリーを服に落とし込む姿勢だ。ファッションの多くは、外から得た刺激をもとにデザインされる。しかしLVMHが注目するのは、それを自分自身の内面から引き出す、内省的で作家的なデザイナーだ。

 この先のファッションは、1つの大きな流れに収束するものではなくなるかもしれない。それぞれのデザイナーが、自身のルーツや思想を出発点に、固有のスタイルを築いていく。見た目にはバラバラでも、その背後には「物語」という共通の芯がある。それは言い換えれば、「形のないトレンド」とも言えるだろう。

 LVMHプライズは、そんな未来の気配をいち早く映し出す装置だ。個が混ざり合うこの時代に、次のファッションはどんな姿をとるのか。そのヒントは、既にここにある。

AFFECTUS

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ?モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。

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